有元センセのサッカーコラム①:「カニのはなし」

スポーツ社会学者・有元センセのコラム①

 みなさんこんにちは。Jr.副代表の有元と申します。縁あって4年ほど前から三輪町に住むことになり、現在息子二人が緑山SCにお世話になっています。仕事が研究職、特にスポーツ文化論とかスポーツ社会学を専門にしていることもあって、このたび緑山SCのホームページにコラムを書かせていただくことになりました。今年の2月からボランティアコーチとして子どもたちにも接していますので、これから折に触れ、サッカー文化やコーチング、子どもの育成といった話題について書かせていただこうかと思います。どうぞよろしくお願いします。

 さて、記念すべき第一回目はタイトルのとおり「カニ」の話です。甲殻類の、あの蟹です。最近グラウンドに応援に来られた方は気づいたかもしれませんが、ひときわ大声で「カニ!カニ!」と叫んでいる人がいます。すみません、あれが僕です。練習試合だけでなく、公式戦でも「カニ!カニ!」と叫んでいますので、相手のベンチは困惑気味ですし、緑山SCの保護者の皆さんも少し恥ずかしそうですね。申し訳ありません。今日は、なぜ僕が「グラウンドの中心で蟹を叫ぶ」のか、についてお話しさせてください。これには少しばかりわけがあるのです。

 僕は東京に出てくる前に5年ほど高校サッカーの指導をしていました。弱小チームのコーチを依頼され、外部指導員として決して上手ではない子どもたちに一からサッカーを教える日々が始まりました。その中で彼らからサッカーについて、そして子どもの成長について多くのことを学ぶことになったのです。とはいえ僕も最初はただがむしゃらに教えていました。ハードな練習メニューを設定し、「もっと走れよ!」「そんなことじゃ勝てないぞ!」「なんでそこでミスするんだよ!」。こちらとしては到達すべき地点と子どもたちの現状の実力が分かりますから、この差を早く埋めようと必死になります。しかしこれが上手くいかない。モチベーションが上がらない子どもたちを前にこちらのフラストレーションが溜まるばかりでした。そんな時、一人のサッカー指導者に偶然出会います。その方はJクラブの監督も経験されていたのですが、ホテルの一室で朝までサッカーを教えてくれました。そして最後に、「お前がもっとサッカーを勉強しなきゃだめだよ」と諭してくれました。しっかりとした知識の裏付けがない要求では、子どもを導くことはできないということにそのとき気づいたのです。そこからなぜこの子たちはサッカーが上手ではないのかを冷静に考えるようになりました。するとそこには技術的な原因、体力的な原因、心理的な原因が複雑に絡み合っていることがわかってきました。そしてそうした「上達の阻害要因」を取り除くためには、大人側・指導者側のしっかりとした分析能力と、そして知識に基づいた工夫が必要なのだ、という認識に至りました。

 では話をカニに戻しましょう。高校サッカーを指導し始めたころ、相手の選手にマークするよう指示していたのですが、それが全然マークになっていないことに気が付きました。でも“マーク”ってそもそも何なんでしょう。よくよく考えてみるとマークとは「相手の前方への進行(/ドリブル)または前方へのパスを防ぐこと」でした。つまり、僕のチームの選手たちは、確かに相手の前には立っているのですが、前方への相手のドリブルやパスを防げていなかったんですね。これは大問題でした。そこで海外の文献を調べると(本当!)、「クローズ・ダウン(=閉じる)」と呼ばれるマークのやり方があったんです。これは相手の正面に立って自分の身体の横幅を広げるようなイメージだと思ってください。この時両足の配置が重要で、もしボールを取ろうとして片足を不用意に前に出してしまうと急に体の幅が狭くなり、そこで抜かれたり、パスを出されたりするのです。これを発見して僕は大喜びで高校生の選手たちに教えました――「お前たち、守備はクローズ・ダウンだよ」と。

 さてそれから10年後の今、僕は緑山グラウンドで小学生の子どもたちにサッカーを教えることになりました。もちろん上達には個人差がありますので、すでにとても上手な子と、まだまだな子がいます。そんな中、僕が最初にやったのは敏捷性を上げるトレーニングでした。サッカーはとても身体的な力を必要とするスポーツなので、身体がすばやく動くことが極めて大事なのです。さて、コーンで1辺5mの正方形を作って、身体を同じ方向に向けたまま全力で走ります。最初は前方、次は右横、次は後方、最後は左横。同じ方向を向いていますから、横に走るときは身体が「カニ」のようになったまま移動していきます。そのときの僕の声掛けは、横のときは「カニカニ」、後ろ走りのときは「エビエビ」でした。身体を横に素早く動かすというのは日常ではほぼ行わないので、反復トレーニングが重要になってきます。その時に、「カニになって!」と言うことで子どもたちのモチベーション維持を意図したのです。子どもたちは楽しそうに何度もカニになるわけです。

 もうおわかりかと思いますが、このカニの姿勢・動きこそ「クローズ・ダウン」なのです。ドリブルやパスがまだまだ苦手でも、このクローズ・ダウンをすることによって、それまでは簡単に相手に抜かれていた子が抜かれなくなっていきます。あるいは最終的に抜かれるとしても、粘り強くなるので次の選手がカバーする時間を稼ぐことができるようになるのです。サッカーは本当に残酷なスポーツで、苦手な子は全く何もできずにピッチに佇んでしまうこともあります。でもカニの技術さえあれば、少なくとも相手を少しだけ困らせることができる。それによってピッチ上で自分の役割を見出し、そこに自分がいることを肯定することができます。技術は自信につながるわけですね。

 先日、ちょっと感動的なことが起きました。サッカーが得意ではなくこれまで試合にあまり出られなかった子がいました。その子をディフェンスにすると抜かれてしまうということで、それまでは出場してもフォワードのほうに置かれていました。しかし皮肉にもサッカーは前に行けばいくほど相手のプレッシャーが強くなります。その子はますます試合中に何もできなくなってしまうのでした。しかしカニカニ作戦を始めてその子に変化が現れました。カニという技術=武器を持った彼は、ディフェンスで活躍し始めたのです。ある練習試合のハーフタイム、自分から「今日はカニが上手くできてない」と発言しました。自分のプレーを分析し、改善しようとする意志を示してくれたのです。そして、「僕もう今日は出ないのか~、最後もう一本出たいな」と。もちろん出場してもらいましたよ。

 さて今日も僕はグラウンドで、

「今の最高!タラバガニ認定します!1kg3,500円!」
「なかなかいいカニだね。ズワイガニ、1kg1,500円!」
「あー!いまのカニカマ!カニのようでカニではない!

と叫んでいることでしょう。